話し手:佐藤 千歳(岡崎市保健部保健衛生課・臨床検査技師・保健学博士)

聞き手:夏目 久美子(愛臨技副会長)

2023年26日にトルコ共和国南東部で発生した甚大な地震被害に対し、独立行政法人国際協力機構(JICA)が国際緊急援助隊・医療チームの派遣を決定しました。その医療チームに岡崎市保健部保健衛生課の 佐藤 千歳(さとうちとし)技師が 2023212日に第2陣の一員として出発し、224日に帰国されました。佐藤技師に、国際緊急援助隊・医療チームと臨床検査技師の活動についてお聞きしました。

 

災害医療へのきっかけ

■はじめに国際緊急援助隊(JDR;Japan Disaster Relief)への関わりについて、自己紹介をお願いします。

高校時代から、漠然と海外での仕事がいいなと考えていて、国際協力の仕事をやりたい気持ちがあったと記憶している。それで、検査技師になってから、大学院で寄生虫学の先生との出会いがあり、先生が海外とつながりがあったので、ネパールやフィリピンに行って。次に何やろうかと考えたときに、JICAの青年海外協力隊(派遣国:モザンビーク)に参加して、帰国後にも国際保健をやりたくて、2007年にJDRに登録しました。周りは災害や救急医療に関心の高い人が多くて、自分の専門性とはちょっとひと味違うなと感じましたが、まあいいや、何とかなると考えて。これまでに、パキスタン、ネパール、フィリピン、今回のトルコと、4回の活動に参加しています。

 

■国際緊急援助隊・医療チームは、どのようなチームで、応募要件などはいかがでしょうか。

DMATは病院がチームを作ってスタッフを選抜して行く形だけれども、JDRは個人が登録して、海外で災害が発生した時に募集があって、職場と業務の調整をして手を挙げる。どこかに所属していなくても派遣に参加できます。登録の公募はしていなくて、JICAJDRHPにある連絡先に連絡して、その後いくつかの研修を経て、本登録されます。その後の大きなハードルは、所属先とJICAが給与や休暇の取扱について締結すること。自分が行きたいだけではなく、所属先の承認は必要です。私は現職場での締結が第1号だったので、当時は私の所属先への説明が大変でした。登録や所属先との締結がされれば、募集のタイミングで職場や家族がOKなら行ける、ということです。

今のJDR医療チームは、医師・看護師・薬剤師・臨床検査技師・診療放射線技師・理学療法士など専門職で細分化されています。昔は医師・看護師・薬剤師・医療調整員という区分けで、以前私は医療調整員として参加したこともありましたけど、今は時代が変わって「臨床検査技師」という形で派遣されています。

 

災害派遣における臨床検査技師の業務とは

■これまでの活動の成果があって、JDRで臨床検査技師の認知度が上がってきていますね。そのような中で臨床検査技師の必要性についてはどのように感じていらっしゃいますか?

とても必要とされています。今は、WHOによるclassificationtype別に認証されていて(JICAtype2)、それぞれでLaboratory設置が求められています。JDRではチームとして作らなければいけないものになっていて、そこに臨床検査技師が入ります。その一方で問題があって、臨床検査技師の登録者がとても少ない。直近の派遣では特定の人しか行けていない。職場との兼ね合いがあるので、仕方ない面もありますが。それでも、医師、看護師、薬剤師といった職種で派遣者が不足しているということは私の知る限り聞いていません。派遣には2名の検査技師は必ず必要になります。Type2では、分娩・手術をやらなくてはならないので、輸血は必要。そのため、現地で血液バックが手に入らなければ貯血を行い、ABORh、感染症検査をやって、血液バックの作製を行う。そこから輸血が必要になったらクロスマッチを実施して払い出しまで行う、という流れです。血液型も行うので、当然遠心機も持っていきます。血球も試薬も調達・持参するなど、逆に言えば輸血も含めて臨床検査にそれだけ求められている、期待されているということ。この期待に応えられるように、JDR内で毎年WGを作って、初めて参加した検査技師でもできるようなユニバーサルな資機材や、Laboratoryとしてすぐに稼働できるように検討しています。

高度な輸血検査は求められていないけど、災害医療、国際保健という考えで、どこで折り合いをつけるかという能力が求められています。検体検査もPOCT対応機器が主なので、高度な知識や技術は求められていないけど、ここまではできますよ、ここから先はできません、先生これでいいですよね、と言えるコミュニケーションができるといいです。医師の先生の中は、日本にいる時と同じようなものを検査に求めてくることもありますから。

 

■今回の派遣先であるトルコの状況や、その環境下での臨床検査技師としての業務内容や、緊張した場面はいかがでしたか?
メディアで報道されているような、崩れた建物はないところへの派遣でした。診療テントの設営は臨時診療所の横にある駐車場を使っていいとなって、日本から持って行った機材を運び込んで、Laboや診療テントも自分たちで建てて。まず力仕事、検査技師というより引っ越し業者のようでした。みんなとコミュニケーションをとって、テント建てたり手伝ったり。検査技師は必要でありLaboratoryも作られるけど、検査だけをやるわけではないというところ、ロジ活動(ロジスティック、英:logistic;医療以外の生活や活動基盤を作るための活動。荷卸し、テント設営、生活資機材や食事の管理、発電機の使用など)として動くことも大事。Laboratoryを建てて、検査機器を展開する、電源につなげる、動かす、精度管理するという一から作り上げることが大変だったし、楽しかったところですね。

Laboを立ち上げた後は、臨床検査技師の本来の業務が本格的に始まります。検査はPOCT対応機器で主に業務を行いました。私は検体検査をやって、もう1人の技師さんが心電図や超音波を主に行いました。検体検査は、採血、尿定性、尿沈渣、血算、生化学。採血管も日本から持っていきます。現地調達は海外、かつ被災地で必ず調達できるのかわからないので、だいたいのものは日本から持っていきます。大きな資機材は成田にあるJICAが借りている倉庫から運ばれる、試薬は派遣がきまった時にメーカーから緊急調達します。こういう災害派遣は行くことだけがクローズアップされますけど、行くだけじゃなくて、機器や試薬の準備、成田の倉庫内の機器のメンテナンスや精度管理も年数回やっていて、緊急の派遣に向けた管理や準備、それも大事なことです。日本で日々行っている高度な検査を求められているわけではないですが、災害は実際に派遣に参加してみないと、私たちの検査はどこまでできるのかできないのか、そのあたりの塩梅がやはりわからないと思いますので、みなさんにはぜひ、まず参加して経験して欲しいと思います。

緊迫した場面というと、患者1人目が災害とは別のCPA患者さんで、メンバーがまだ業務や機器に慣れていない中、検査では血液ガスや心電図を求められたことでした。いますぐ血ガス測って、心電図とれるなら来て、と緊張した状況を経験しました。

 

■病院での勤務経験や医療チームとの関係はいかがでしょうか?

今は保健所にいて、いわゆる臨床にはいません。なので、過去に勤務していた病院(岡崎市民病院)での経験が大変役に立っています。医師も慣れない場所での診療でストレスや疲れていることもあり、検査にはできることがあればやって欲しいと思っています。私たち検査部門は何ができるかを考えて、まわりを見て、これができます、という言葉を伝えることが必要。検査は活動初期にはチームメンバー内に何ができるのかあまり知られていないこともあり、これやあれができるというとメンバーから本当に喜ばれます。高度な知識がないとできないよ、という訳ではありません。みなさんが今やっていることや知識をそのまま持って参加すれば、JDRの検査はできます。

 

■複数回参加にあたり、気持ちの変化や現場での業務内容の変化はいかがですか?

私の専門は、災害ではなく、寄生虫学だったので災害医療について詳しいわけではありませんでした。当然、大学で災害概論などの講義があったわけでも、学んだこともありませんし。なので、初派遣は、まず行くこと、仕事(活動)することで精いっぱいだったことを思い出します。初派遣のパキスタンは洪水被害だったので、外傷というよりマラリアなどの感染症が多かった。その後、ネパール、フィリピン、トルコと関わらせていただき、現場での臨床検査業務はもちろん必要ですが、今はJDRのチームをどうしていくのか、臨床検査をチームの中でどうしていくのかを考えながら、日本国のプレゼンス(英:Presence存在感、被災国や国際社会へのアピール)、そしてチーム内での臨床検査のプレゼンスを高めるためにどうすればよいのかを考慮しながら活動を行う、といった気持ちの変化は初派遣と比べてでてきました。過去の派遣に比べて輸血検査なども増えましたが、機器については様々な技術レベルであっても「臨床検査技師さんであれば」使用できるユニバーサルな機器を選別する、こういったことを考えながら私たちWGは毎年検討している、これも変化(進化)してきたところです。

 

災害医療への派遣を考える方へ

■国際緊急援助隊・医療チームで業務を行うのに必要な知識や心構え、役立ったことを教えてください。
知識や技術は、臨床検査技師であれば大丈夫。英語とか国際保健を意識しなくても大丈夫(あったほうがよりよいですが)。チーム内の会話は日本語なので、チームの中でいろんな職種のメンバーとコミュニケーションがとれれば大丈夫。機器はユニバーサルで誰でも使用できるように選定している(ようにしている)ので、大丈夫。ただ、これまで話してきたように、災害医療もチーム医療なので、検査をするだけではなくて、他職種とコミュニケーションをとることが必要。これが検査技術に加えて重要な心構えの1つだと思っています。

 

■今後活躍する次世代臨床検査技師へのメッセージをお願いします。

災害は終わりがなく、今後も続きます。そして、JDRも今後もどんどん進化していきます。私が学生だったときは、臨床検査技師が災害時に何かをする、なんて教えられたことはありませんでした。過去は想像をしたこともなかったけれども、でも、いま言えるのは、臨床検査技師は災害医療で仕事(活動)ができる、と断言できます。でも平時のルーチンとは異なる環境になるのは確かなので、まずは一度手を挙げて、派遣されて、活動するなどして、足を踏み入れて欲しいです。経験しないと想像しがたいのが災害医療だと思います。でも災害医療がゆえに、平時のように何でも思いどおりの検査や活動はできない。限られた資機材の中で、自分で考えてコミュニケーションをとって、やっていくことが必要です。それでもみなさんの技術や知識であれば行けば何とかなるので、難しく考えずにぜひ登録して、私たちと一緒に参加、活動しましょう。次の災害検査を担うのは、みなさんのような若い方々だと本当に思っています。

 

■最後に、災害医療への派遣職員を抱える職場や管理職の方へのメッセージをお願いします。

突然の災害とはいえ、大事な一員が一定期間抜けるのは、職場にとってとてもダメージであることは確かです。私も4回の派遣で、同僚のみなさまに本当に助けられたことで、活動できました。そのことをこの場を借りて改めて感謝したいです。一方で、派遣者は派遣を通じて貴重な経験を得ることで意識や考えも影響を受けるでしょうし、とても成長すると思います。この経験は、普段のルーチンだけでなく、国内災害や、そして自分たちが受援者側になった時にどうしたらいいのかといったことにもつながり、きっと役立つ人材に成長することも期待できます。次世代の臨床検査技師を育て、そして「災害検査」の発展には、先生方のご協力が必要です。行きたいと思っている技師さんの背中を押してあげてくれるとうれしいです。

 

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検査テントで機器を並べて検査

 

 

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氷点下にもなる野外で診療および生活テントを設営

 

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通訳さんを介して、お世話になった現地の検査技師さんとの別れを惜しんでいる

…インタビューを終えて…

JICAのJDRに登録され、今回トルコでの大規模地震に、医療チームとして派遣された佐藤千歳技師にお話をうかがいました。佐藤技師のご活躍と災害チーム医療の一層の発展を祈念いたします。本日は、ありがとうございました。

(令和5324日 公益社団法人愛知県臨床検査技師会事務所にて)